今年で築61年になる実家。
母が27歳の時に父と建てた家である。母より5歳上の父が鬼籍に入ったのはもう20年も前になる。
もはや家は相当古くなりあちこちガタがきているが、建て直すには先立つものがないし、そもそも今の母には家を引っ越すなど、これ以上心と身体に負担をかけることは難しい事だ。
木造の家は冬は寒く夏は暑い。 私が実家でまだ暮らしていた頃、エアコンもない時代だったので、扇風機と石油ストーブで暑さ寒さをしのいでいたのを思い出す。
今冬の極寒を実家で過ごしてみて、あの頃はよくここで暮らしていたかなあと思う次第である。
先日の事。
茶の間の障子の滑りが悪く、家がゆがんできたかなと半ば諦めていたところ、母が「戸棚にロウソクがあるから敷居に塗ってちょうだい」と言ってきた。
母の言う通り敷居にロウソクをゴシゴシ塗ったところ…
あら不思議、滑りが良くなりすっかり直ってしまった。
蝋を塗ると滑りが良くなる…、 そういえばそんな話もあったなと何気なしにネットで調べてみると、滑りを良くするロウソクのような製品が何種類も販売されているのを見つけた。
こんな製品があるんだ。 やっぱり日本家屋の修繕には必要な道具なんだなと感心した。
でも母なら絶対買わないだろうな。余計なものは買わない人だし家にあるロウソクで十分役に立つから。
昔の人は生活するための色々な知識が豊富だったと思う。 今は便利になりすぎて物を捨てたり買い替えたりして、古いものを修理して長く使っていくという事は少なくなった。
こうして日本の古い文化はどんどんなくなっていくんだろう。
私自身も「敷居にロウソク」なんですっかり忘れていたんだから。
しかし、この歳になって母に教えてもらう事があるとは何だか嬉しかった。少し頭の回転が悪くなりだして心配していたが、まだまだ大丈夫じゃないか。
そういえば子供の頃、家の柱や床に傷がつけるなと、のべつ子供達に注意していた母を思い出した。
今の母はそんな事を言う事もない。
傷だらけの古い家が母の永住の家になるのだろう。